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福岡高等裁判所 昭和47年(ラ)120号 決定

抗告人

西日本温泉レジャーセンター有限会社

右代表者

菊竹国男

主文

一、本件抗告を棄却する。

二、抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、抗告の趣旨、理由

本件抗告の趣旨は、要するに「原決定を取消す。福岡地方裁判所久留米支部が同庁昭和四六年(ケ)第三一号不動産競売事件につき競落人川原一敏ほか四名の申立により昭和四七年一一月一一日なした本件不動産引渡命令の申立を棄却する。」との裁判を求めるというに帰するものであり、その理由は別紙(一)、(二)記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)、不動産引渡命令に対する不服申立方法について(抗告理由(一))

いわゆる不動産任意競売における不動産引渡命令は競売法第三二条第二項によつて準用される民事訴訟法第六八七条によつて発せられるもので、その性質は執行の方法にほかならないから、該命令の相手方とされた者がこれに対する不服を申立るには、右引渡命令を発するに際し審尋または口頭弁論を経たか否かにより同法第五五八条の即時抗告または同法第五四四条所定の執行方法の異議によつてなすべきものであり、このことは実務における確定した取扱いであつて、いま、特にこれを改めるべき理由は見出し難い。抗告人の主張するところは、これと異る見解に立脚して原決定を論難するものであつて、当裁判所の採らないところである。

されば抗告人代表者を審尋のうえ前記引渡命令が発せられていること記録上明らかな本件においては、抗告人の申立てた不動産引渡命令に対する執行方法の異議を即時抗告によるべしとして却下した原決定に違法はない。

(二)、不動産引渡命令の相手方について(抗告理由(二)の三、四)

不動産引渡命令の相手方如何の問題は議論の紛糾するところであるが、説の分れる所以は、要するに、資料に限りある競売手続において不産動引渡命令を発するにつき判断の誤りなきを期すべしという要請と強制競売にしろ任意競売にしろ不動産競売手続において簡易迅速にその占有を得させることを目的とする引渡命令の機能を果させるべしとする要請との二律背反の調和を如何に決するかにある。

抗告人主張の如く、これを債務者またはその一般承継人に限定し、それ以外の第三者に対しては競落人が所有権に基づき引渡請求の訴を提起してその判決の執行によるほかはないとする考えがないわけではない。しかしながら、これでは、第三者の占有権原を誤り不動産引渡命令を発することの過誤は防止し得ても、不動産競売手続に附随し、その後仕末として簡易迅速に競落人に不動産の占有を得させるべく設けられた引渡命令の機能は債務者らにより容易に阻まれ、既に競落代金の支払もなされた手続の最終段階において執行妨害の結果を招来することは見易い道理である。

もともと債務者は差押によつて不動産の処分権を奪われ、僅かに通常の用法による利用管理が許されるに過ぎないが(民事訴訟法第六四四条第二項)、これが許されるのは競落までの期間であり、その間差押後(競売申立の登記後)に所有権、他物権、賃借権等を取得した第三者はこれをもつて競落人に対抗できず、たとえ、その移転または設定につき登記を経由したとしても、これらは抹消を免れ得ないこと(同法第七〇〇条)をおもえば、債務者、その一般承継人は云うに及ばず、差押(競売申立の登記)の時を基準として、その時以後不動産の占有を取得した第三者に対しては、特定承継人であろうと非承継人であろうとこれを区別することなく不動産引渡命令を発し得ると解するのが相当である。けだし第三者の占有権原すら債務者の利用管理の一内容として競落までの効力しか認められないのに占有のみは別訴によらずしては奪い得ないとするのは、権衡を失するし、第三者の占有が差押の効力発生後になされたか否かの判断は判決手続によらずしては、なし得ないというものではなく(不明のときは挙証責任の原則にしたがい申立を却下すれば足りる)、差押後に不動産の占有を取得した第三者は承継の有無にかかわりなく競落人に対抗できないのであるから承継、非承継を区別する合理的理由はないし、また、民事訴訟法第六八七条第三項の「債務者」とは通常の場合を念頭に立言したもので、これを引渡執行の債務者と解することを妨げるものではないからである。

いま、本件について、これをみるに、記録編綴の賃貸借取調報告書、抗告人代表者の審尋調書によれば、抗告人は本件競売申立の登記のなされた昭和四六年七月二二日におくれること約半月後の同年八月七日所有者兼債務者である野中久子との間に本件不動産引渡命令添付目録記載(一)、(二)の建物につき期限を同日から三ケ年、賃料を月額金五万円とする賃貸借契約を、その敷地につき期間を同日から五ケ年、賃料を月額金二万円とする賃貸借契約を、それぞれ締結し、同目録(二)の建物については引渡をうけ占有をつづけていることが明らかである。抗告人は訴外宗卓三が本件競売申立の登記以前から前記野中久子より右建物を賃借し、温泉レジャーセンターを営業していたが、経営不振におち入つたので、抗告人が右営業を引継ぐと共に賃借権を承継した旨主張し、記録に編綴してある抗告人代表者の陳述書には、その趣旨の記載部分がないわけではないが、その記載部分は前掲資料と対比してたやすく信用しがたく、他に抗告人の前示主張を認めるに充分な資料はない。

しかりとすれば抗告人は右建物賃借権をもつて競落人に対抗し得ず、したがつて原審が抗告人に対し差押の効力発生後の不動産占有者として不動産引渡命令を発したことは、なんら怪しむに足りないところである。

(三)、有益費償還請求権による留置権行使の主張について(抗告理由(二)の五)、

抗告人は温泉レジャーセンターの営業を引継いだのち不動産所有者である前記野中久子の承諾のもとに前記建物について大規模な造作模様替を行ない総額金三〇〇万円相当の有益費を支出した旨主張するが、記録を精査しても、右にいわゆる有益費の支出されたことを認めるに足りる資料は全くない。

のみならず、仮りにその支出がなされたと仮定しても、もともと留置権は当事者間の公平を計るべく、債権につき特別の保護を与える権利であるから、その保護の資格を有する債権であるかどうかを検討する必要がある。本件で抗告人の主張する有益費とは、既に差押の効力発生後その占有をもつて競落人に対抗できないところの建物占有中に建物について支出した有益費であり、しかも前段明らかにした建物占有取得の事情(前記賃貸借契約締結の事情、その契約内容など)からすれば、抗告人は建物占有権原をもつて競落人に対抗できないことを知悉せる悪意の占有者というを憚らない。したがつて抗告人が占有者もしくは留置権者として右有益費償還請求の訴を提起し、これが認められたとしても相手方である回復者もしくは所有者の請求に基づいて裁判所により当然に期限の許与せられるべき性質の債権といわねばならず(民法第一九六条第二項、第二九九条第二項)、留置権の保護に値する債権とは解し得ない。仮りに抗告人を悪意占有者となし得ないとしても、少くとも「知らざるにつき過失ある」占有者(過失ある善意占有者)というを妨げないから民法第二九五条第二項の趣旨を類推して抗告人に留置権は認められないと解するのが相当である。けだし同項にいわゆる「占有ガ不法行為ニ因リテ始マリタル場合」とは、占有奪取、詐欺、強迫による占有取得のように占有取得行為自体が不法行為を構成する場合に限らず、留置権によつて担保される債権の基礎をなす占有自体が債務者に対抗得しる権原がなく、しかも、対抗し得ざることを知り、もしくは過失によりこれを知らずして占有を始めた場合をも包含すると解するのが相当であるからである。もとより、このことは抗告人の有益費償還請求権を否定するものではなく、ただ留置権の保護は与えられないというに過ぎない。このように解しないと競落人は、第三者のみならず債務者からも自己に対抗し得ない占有中の有益費等返還請求権をもつて、たやすく占有取得を妨害され、不動産引渡命令の機能は大半喪われる結果となり、ひいては不動産競売自体を無力化せしめるものとなりかねない。抗告人挙示の判例(当庁昭和三〇年一一月五日決定高民集八巻五七九頁)は事案が異り本件に適切とはいえない。

したがって、この点に関する抗告人の主張も採用できない。

(四)、菊竹国男個人所有の什器備品について(抗告理由(二)の六)、

本件不動産引渡命令が菊竹国男所有の什器備品に及ばないことは抗告人主張のとおり当然のことである。ただ、前記建物内に右什器、備品が存在するからといつて本件不動産引渡命令が許されないことにはならない。されば抗告人の右主張はそれ自体失当である。

三、結論

以上の次第で抗告人の主張はすべて理由がなく、本件不動産引渡命令をめぐつて原審のなした措置はすべて正当であるといわねばならない。なお、抗告人は本件不動産引渡命令の執行につき民事訴訟法第五四条第一項、第五二二条第二項により相当の保証を立てるから強制執行停止の仮の処分を発せられんことを求めているが、既に明らかにしたとおりであつて、右の仮処分をなすに由ない。

よつて本件抗告を棄却すべく、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(佐藤秀 麻上正信 篠原曜彦)

抗告の理由(一)、(二)・物件の表示〈省略〉

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